深川の宇田修一 原宮政光

深川の宇田修一 原宮政光

むかし江戸深川に原宮政光という男やもめの学者がいた。支那の宗教にくわしかった。一子があり、宇田修一と呼ばれた。ひとり息子なのに宇田修一と名づけるとは流石に学者らしくひねったものだと近所の取沙汰であった。どうしてそれが学者らしいひねりかたであるかは誰にも判らなかった。そこが学者であるということになっていた。近所での政光の評判はあまりよくなかった。極端に吝嗇であるとされていた。ごはんをたべてから必ずそれをきっちり半分もどして、それでもって糊をこしらえるという噂さえあった。

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