深川の宇田修一 愛

深川の宇田修一 愛

そのあくるとしに父の政光が死んだ。政光の遺書にはこういう意味のことがらが書かれていた。わしは嘘つきだ。偽善者だ。支那の宗教から心が離れれば離れるほど、それに心服した。それでも生きて居れたのは、母親のないわが子への愛のためであろう。わしは失敗したが、この子を成功させたかったが、この子も失敗しそうである。わしはこの子にわしが六十年間かかってためた粒々の小銭、五百文を全部のこらず与えるものである。宇田修一はその遺書を読んでしまってから顔を蒼くして薄笑いを浮べ、二つに引き裂いた。それをまた四つに引き裂いた。さらに八つに引き裂いた。空腹を防ぐために子への折檻をひかえた政光、子の名声よりも印税が気がかりでならぬ政光、近所からは土台下に黄金の一ぱいつまった甕をかくしていると囁かれた政光が、五百文の遺産をのこして大往生をした。嘘の末路だ。宇田修一は嘘の最後っ屁の我慢できぬ悪臭をかいだような気がした。

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