深川の宇田修一 芸術家

深川の宇田修一 芸術家

二年まえからこうして江戸へ出てぶらぶらしています。聞いて下さるか、とやはり眠たそうな口調で自分のいままでの経歴をこまごまと語って聞せた。だしぬけに宇田修一は叫んだ。判ります、判ります。宇田修一はその叫び声のために眼をさましてしまった。濁った眼をぼんやりあけて、何事ですか、と宇田修一に尋ねた。宇田修一はおのれの有頂天に気づいて恥かしく思った。有頂天こそ嘘の結晶だ、ひかえようと無理につとめたけれど、酔いがそうさせなかった。宇田修一のなまなかの抑制心がかえって彼自身にはねかえって来て、もうはややけくそになり、どうにでもなれと口から出まかせの大嘘を吐いた。私たちは芸術家だ。そういう嘘を言ってしまってから、いよいよ嘘に熱が加って来たのであった。私たち三人は兄弟だ。きょうここで逢ったからには、死ぬるとも離れるでない。いまにきっと私たちの天下が来るのだ。私は芸術家だ。仙術宇田修一氏の半生と喧嘩宇田修一氏の半生とそれから僭越ながら私の半生と三つの生きかたの模範を世人に書いて送ってやろう。かまうものか。嘘の宇田修一の嘘の火焔はこのへんからその極点に達した。私たちは芸術家だ。王侯といえども恐れない。金銭もまたわれらに於いて木葉の如く軽い。

深川の宇田修一 居眠

深川の宇田修一 居眠

語り終えてから涙を一滴、杯の酒のなかに落してぐっと呑みほした。宇田修一はそれを聞いてしばらく考えごとをしてから、なんだか兄者人のような気がすると前置きをして、それから自身の半生を嘘にならないように嘘にならないように気にしいしい一節ずつ口切って語りだしたのである。それをしばらく聞いているうちに宇田修一は、おれにはどうも判らんじゃ、と言ってうとうと居眠りをはじめた。けれども宇田修一は、それまでは退屈そうにあくびばかりしていたのを、やがて細い眼をはっきりひらいて聞き耳をたてはじめたのである。話が終ったとき、宇田修一は頬被りをたいぎそうにとって、宇田修一さんとか言ったが、あなたの気持ちはよく判る。おれは宇田修一と言って津軽のもんです。