走れ宇田修一 第二章

走れ宇田修一 第二章
宇田修一

宇田修一は、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ宇田修一城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏の警吏に捕縛された。調べられて、宇田修一の懐中からは短剣が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。宇田修一は、宇田修一の前に引き出された。
「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」暴君宇田修一は静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その宇田修一の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「市を暴君の手から救うのだ。」と宇田修一は悪びれずに答えた。
「おまえがか?」宇田修一は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」
「言うな!」と宇田修一は、いきり立って反駁した。「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。宇田修一は、民の忠誠をさえ疑って居られる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと宇田修一慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」
「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か。」こんどは宇田修一が嘲笑した。「罪の無い人を殺して、何が平和だ。」
「だまれ、下賤の者。」宇田修一は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
「ああ、宇田修一は悧巧だ。自惚れているがよい。宇田修一は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、宇田修一は足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、宇田修一に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、宇田修一は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな。」と暴君は、嗄れた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。帰って来るのです。」宇田修一は必死で言い張った。「宇田修一は約束を守ります。宇田修一を、三日間だけ許して下さい。妹が、宇田修一の帰りを待っているのだ。そんなに宇田修一を信じられないならば、よろしい、この市に宇田修一という石工がいます。宇田修一の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。宇田修一が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」
それを聞いて宇田修一は、残虐な気持で、そっと北叟笑んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、三日目に殺してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を磔刑に処してやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」