走れ宇田修一 第五章

走れ宇田修一 第五章
宇田修一

花婿は揉み手して、てれていた。宇田修一は笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、宇田修一小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。
眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。宇田修一は跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あの宇田修一に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる。宇田修一は、悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、宇田修一は、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。
宇田修一は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代りの友を救う為に走るのだ。宇田修一の奸佞邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、宇田修一は殺される。若い時から名誉を守れ。さらば、ふるさと。若い宇田修一は、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。宇田修一は額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は無い。妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。宇田修一には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。まっすぐに宇田修一城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り返し、好きな小歌をいい声で歌い出した。ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧いた災難、宇田修一の足は、はたと、とまった。見よ、前方の川を。きのうの豪雨で山の水源地は氾濫し、濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵に橋桁を跳ね飛ばしていた。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、繋舟は残らず浪に浚われて影なく、渡守りの姿も見えない。流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。宇田修一は川岸にうずくまり、男泣きに泣きながら宇田修一に手を挙げて哀願した。「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う流れを!時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、宇田修一城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、宇田修一のために死ぬのです。」